はっぴいえんど 「夏なんです」

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昔の記憶が勝手にふと顔を出し鮮明に語りかけるのに、今しがたのことはすっかり記憶がなくなってしまうことがここ数年顕著になって、そろそろ僕にも黄昏時が来たのかなと思う。そのうちに記憶の引き出しの奥底にしまってある昔の雑多なことも知らぬ間にすっかり忘れてしまうのだろうな。特に日の目を見ることもない、退屈で取るに足らない記憶ばかりだけれど・・・

僕には大事なことのように思える。

色々な記憶している断片を引きずり出し、紡いで、今のうちに書き留めておこうと思う。

■はっぴいえんど「夏なんです」■

今は2021年夏。

世界は昨年から渦の中にいる。

記憶の中にある一つの夏、ゆらゆらと陽炎のように揺れる暑い空気が匂い立ち、蘇ってくる。

大阪万博後のその当時、周りの取りつかれたような冷めやらぬ熱気、高揚感で世の中がザワザワしていることに少し居心地が悪くなりつつある日々に、僕は少し苛立ちを感じ始めていた。

大阪全体が万国博覧会の成功の熱に浮かされていた。

それは僕が生まれる以前の戦後日本、アメリカからの経済政策が大きな引き金となって日本を表舞台に引き込んでゆく。東西冷戦の深刻化によりアメリカは日本を東アジアでの反共の防波堤にしようとしていた。戦後のインフレ対策や輸出増強化による日本経済の自立を推し進める。さらに1950年に朝鮮戦争勃発。日本はアメリカにとっての前線基地となり武器弾薬の製造などの特需を生み出す。そしてエネルギー転換期と重なり、日本は戦後からの急速な経済復興、高度成長を成し遂げる。先の、国を挙げての東京オリンピック、そして大阪万博と、「五輪景気」、「いざなぎ景気」は日本の驚異的な高度成長を継続し支えていた。急速に発展し近代化され、類を見ない経済成長を遂げた日本。

しかし、その輝かしい発展、経済成長の「光」はその当時の時代や社会全体を一様に隅々まで明るく照らすことはなかった。「光」が輝き照らすが故の必然の存在、「陰」の創り出す深い闇。その「陰」もアンビエントとして同時に、その時代に同居していた。

―未解決完全犯罪の三億円強奪事件

—衝撃的な自決、三島由紀夫事件、

—全共闘運動。当初、文字通り学生主体の学内闘争からだんだんと左翼思想も混在しエスカレートする、そして一部はテロリスト集団と変貌していた。

―連合赤軍の前進団体の赤軍派のよど号ハイジャック事件。

―連合赤軍の集団リンチ殺人の山岳ベース事件、続くあさま山荘事件、凄惨な一連の事件。

急速な時代の発展は直接的にも間接的にも日本をこういった暗い空気、ひずみの時代へも同時に導いてしまっていた。

僕の見ていた範囲は大阪の狭い範囲に限られていたが、日本全体がきっとそういった両面を持つ光と陰に覆われた時代だったのかもしれない。

当時少年だった僕は、そんな劇場型の現実味の無い、絵空事のような騒ぎにあまり関心がなかったし、毎日見聞きするそんな現象や、事件の断片や全容をうまく理解、消化出来ずに胸焼けがして、うんざりしていた。少年の僕の目の前にある他愛のない身近な日常と、世の中で起こっている喧噪の非日常の間を結び付ける何かが欠落していることで漫然とした不安を抱えていた。それは今でもうまく説明できないけれど・・・何か不吉で不穏な感触だった。

とにかく、当時の同世代の少年の誰もが感じるそんな不安定さが近い将来自分達の傷跡となって重くのしかかる危うさを直感的に感じていた。この暑苦しく、押しつけがましい、危うさに纏わりつかれ、押しつぶされそうになりながら、僕は息苦しい日常を過ごさなければならなかった。

―ゆらゆらと揺れる暑い夏の実感のない蜃気楼。

僕の時代はそう思えた。今でもそうなのだけど、疑いをもって捻くれた見方をする少年だった僕の視線に映る暑い夏の景色。それは、俯き加減に歩く憂鬱な癖をいつの間にか僕に身に着けさせた。ざらざらとした感触の焼けた灰色の道を歩く、そんな感じだった。

僕の時代が居心地を悪くしていた。

当時住んでいた家の縁側に座って蝉の鳴き声を浴びるように過ごしていた夏休み。僕はその頃家にあったトランジスタラジオから流れてくる洋楽をよく聴いていた。ビートルズが来日し、そのせいもあって多くのバンドが連立して、その楽曲―グループサウンドーが巷で流行っていた。好きでも嫌いでもなかったけれど当時の僕には大半が歌謡曲と変わりなかった。

グループサウンドが全盛期で洋楽はそれほど頻繁にはラジオから流れてこなかったが、家にあったオープンリールのテープレコーダ―をいつも準備しておいて、良さそうなイントロの洋楽がラジオで掛かると、ソレっとばかりスイッチを入れ録音して、繰り返し聴いていた。

ローリング・ストーンズ、

ビートルズ

ショッキング・ブルー、

ドアーズ、

クリムゾン・キング…

どれもこれも今思えばとても身の丈に合わない背伸びした、少年の僕を取り巻く「町」やその生活感の日常とは結びつかない音楽で、家の裏庭の狭い路地裏から見え隠れする手が届かない地平線に浮かんでキラキラと光る反射光のようだった。それは閉塞感のある少年の身近な居心地の悪い風景や沈みがちな気持ちを忘れさせてくれる煌めきの刹那だった、ちょっと大袈裟だけど。初めて口にしたコカ・コーラの弾ける舌を刺すような味の清涼感、そしてどこか現実感が薄れた甘い佇まいを思い起させた。

はっぴいえんどの「夏なんです」を初めて聴いたのは八月も残り少ない中学生最後の年の夏休みだったように思う。歌謡曲、フォークソングでもない、今まで聴いたことのない曲調や詩が低く響き心地良かったし、何か新しい音楽性があるように思えた。少年の感じていた夏のゆらゆらした居心地の悪い時代、溶けて流れるようなアスファルトの熱気で満たされた「町」から「田舎」に思いを馳せる情景。それはフォークソングの望郷感や悲しげな四畳半の青春心情とは明らかに一線を画していた。どちらかというとむしろ都会的で日常の生活感がなく、一切の主観的心理感情―苦悩や絶望感―がない世界だった。

その頃の思い出の中にある「田舎」は僕にとっては帰郷感のある帰る場所ではなかったが、小学生の頃に母に連れられて何度か訪れて、親戚や母の友人の家に泊まり、小学生の僕は何をするでもなく、時折退屈しのぎに近くの川や山に遊びに行ったりした。麦わら帽子をかぶり当てもなく人気のないあぜ道を歩いたり、大木の下で雨宿りをしたり、縁側で花火をしたり、水浴びをして火照った身体を鎮めたりー

そんな「田舎」の記憶に包まれて僕は居心地の悪い「町」で、はっぴいえんどの「夏なんです」を何度も聴いた。

ー空一面を眩しく覆いつくす青さとむくむくと沸き立つ入道雲。

青い空と入道雲の彼方、ゆっくりと目を閉じていると、時代の喧騒は文字通り絵空事と思えた。耳元で囁く日盛り声に誘われてうたた寝に身を任せ、「町」で浮遊する「田舎」の記憶を一枚一枚頁を捲って折り重ねた。

遥か昔少年の頃のあの噎せ返るような暑い夏の日の蜃気楼。

今も記憶の底にある、あの「時代」。

僕のそんな暑い夏の日の記憶はうたた寝からゆっくりと目を覚まし、まどろみの中廻りを見渡すとすっかり「時代」は様変わりしている。僕はもうあの「時代」の物憂げな少年ではなく、世間の不条理も汚れも染みついた枯れた大人となって黄昏に立ちすくしている。そして逃れられない渦、突きつけられた今ある現実の中、あの記憶にある居心地の悪い「時代」の蜃気楼がゆっくりと時を重ね、芳醇に熟成し浄化され、鄙びた甘美さを漂わせ僕は目覚める。時は流れ二度目の東京オリンピックの夏。

―リップ・バン・ウィンクルだな、と独り呟く。

2021年の夏、窓の外は何もなかったように・・・

ギンギン ギラギラの夏なんです。

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